プロジェクト発足の背景
与えられる研修では、人は変わらない。
人を育てるのは、講義の量ではなく、意思決定の回数だ。都市の組織では役割が細かく分かれ、若いうちに「自分で決める」機会は驚くほど少ない。一方、人口2,000人あまりのこの島には、決めるべきことが日常に転がっている。担当は自分。前例はない。相談相手は目の前の島の人。大人の島留学は、その環境に一定期間身を置くことで、意思決定の筋肉を鍛える制度だ。研修と呼ぶには、あまりに実戦的すぎるけれど。
島まるごとが、実験場になっている。
海士町は、挑戦を受け入れることで生き延びてきた島だ。廃校の危機にあった高校を全国から生徒が集まる学校に変え、島の産業に外の若者の力を混ぜ込んできた。大人の島留学は、その延長線上にある。過去5年で約500名の若者がこの島に渡り、役場で、事業者で、教育現場で働きながら暮らしてきた。あなたが来る頃には、あなたの椅子も、あなたを待つ現場も、すでに用意されている。
海士町での実践と共創
肩書きの外側で、働く。
配属先は、役場、地域の事業者、教育の現場などさまざま。共通しているのは、「お客様扱いされない」ことだ。島留学生は研修生ではなく、その現場の共に仕事をする仲間として数えられる。任される仕事にマニュアルはなく、正解は自分でつくるしかない。うまくいかない日もある。でも、自分の判断が目の前の誰かに届く距離感は、都市のオフィスでは味わえない。ここでの1年は、キャリアの空白ではなく、密度だ。
暮らしの中に、先生がいる。
学びは職場だけで起きない。シェアハウスで同期と交わす夜の議論。集落の人に教わる魚のさばき方。祭りの裏方に混ぜてもらった日の景色。島の暮らしそのものが、教材になる。都会では隣人の顔も知らなかった人が、ここでは名前で呼ばれ、頼られ、時に叱られる。人と人の距離が近い場所で暮らすことは、それ自体がひとつの挑戦であり、大きな学びだ。
生まれた変化と今後の展望
島を出ても、関係は終わらない。
島留学の期間が終わっても、島との縁は切れない。OB・OGは、後輩の島留学生の相談相手になり、都市部でのイベントを企画し、アンバサダーとして島の経営に関わり続けている。「卒業」は関係の終わりではなく、関わり方が変わる節目にすぎない。島で過ごした時間は、あなたの中に残り続ける。そして島の側も、あなたのことを忘れない。
「いつか戻る」を、人生の選択肢にする。
大人の島留学は、移住のための入口ではない。島を離れて都市で活躍する人も、数年後にふらりと戻ってくる人も、どちらも歓迎される。この制度が目指しているのは、あなたの人生に「島」という選択肢を一つ増やすことだ。キャリアに迷ったとき、暮らしを変えたくなったとき、戻れる場所と、待っている人がいる。それは、思っているよりずっと心強い。
